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釧路地方裁判所網走支部 事件番号不詳 判決

右被告人等に対する電気事業法違反被告事件について、当裁判所は検察官中野和夫出席の上審理した結果、次の通り判決する。

主文

被告人等はいずれも無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は「被告人等は北海道配電株式会社の職員で、いずれも公益事業である電気事業に従事しているものであつて、被告人富樫正一は日本電気産業労働組合(以下単に電産労組と略称する)北海道地方本部道東支部北見分会の執行委員長、同古川敏明は同分会の副執行委員長、同浅利正雄は同分会の書記長、同新谷一男、同石田忠明同福沢満、同平出富勝、同八田嘉久、同本谷則光はいずれも同分会の執行委員、同島田親は同分会の前執行委員長でその余の被告人等は同分会の組合員であるところ、電産労組と日本発送電株式会社及び北海道配電株式会社外八配電株式会社との間の労働争議に関しては、昭和二十三年九月十七日労働大臣から中央労働委員会に対し調停の請求がなされたので、同日から三十日を経過した後でなければ争議行為をなすことができないのにかかわらず

第一、被告人富樫正一、同古川敏明、同浅利正雄、同新谷一男、同石田忠明、同福沢満、同平出富勝、同高橋欣郞、同篠塚大八、同丹治易雄は電産労組側の主張を貫徹させるため、昭和二十三年十月四日頃北見市一条通西一丁目北海道配電株式会社北見支店事務所で開催された電産労組北海道地方本部道東支部北見分会執行委員会又はその頃北見市その他において開かれた同分会直轄班、同支店班等の各職場大会に夫々出席しその鬪争方針について協議した結果、会社側をして電産労組側の要求に感じさせるためには停電の方法によるより他に手段がないとなし各出席者全員一致を以て同月九日を期し五分間停電を決行する旨共謀決議し右決議に基いて北見分会執行部からその所属各班にその旨指令して連絡し中島新一等の組合員と共謀の上、同年十月九日午後七時頃から同八時頃まての間北海道配電株式会社北見支店管内の各発電所変電所において、中島新一等の組合員をして夫々約五分間同所施設の配電盤スイツチを開放させ、以て北海道配電株式会社北見支店管内在住の一般需要者に対する電気の供給を妨害し、

第二、被告人佐藤房次郞は、前記北見支店網走変電所主任で、北見分会網走班所属の組合員であるが、右北見分会の指令により、同網走班所属の組合員である中川忠雄外同北見支店網走変電所勤務の組合員等三十数名と共謀の上同組合員野村福太郞外五名と共に、昭和二十三年十月九日網走市南十四条西三丁目所在網定変電所において同所施設の配電盤スヰツチにロープを結びつけて引張り開放し、以て同日午後七時二十分から同七時二十五分まで五分間同変電所管内の網走市及び常呂郡常呂村在住の一般需要者に対する電気の供給を妨害し、

第三、被告人富樫正一、同古川敏明、同浅利正雄、同新谷一男、同石田忠明等は前記の如く北見分会が決行した五分間停電のため逸早く組合員の一部が検察庁当局により検挙拘束されるに至つたので、右当局に対し被拘束者全員の即時釈放を要求するとともに併せて、会社側に対し電産労働組側の主張を貫徹させるため、同月十日前記北見支店事務所において、熊谷信吾等の同分会執行委員とともに常任執行委員会を開催して協議した結果、出席者全員一致を以て、同日午後九時から検察庁、警察署等に対し停電を決行することを共謀決議し、その頃同分会執行部から留辺蘂変電所等にその旨指令して連絡し、同変電所勤務の被告人平出富勝、同丹治易雄等と共謀し同日午後九時頃常呂郡留辺蘂町において、被告人丹治易雄、同平出富勝外二名は留辺蘂町役場前電柱の引込線の保安装置する「キヤツチ・ヒユーズ」を切断し、以てその頃約一時間に亘り留辺蘂町役場、同警察署等に対する電気の供給を妨害し、

第四、被告人富樫正一、同古川敏明、同浅利正雄、同新谷一男、同石田忠明等は更に、前掲第三記載と同様の要求を貫徹せんがため、同月十日頃前記北見支店事務所において、熊谷信吾等の同分会執行委員と共に常任執行委員会を開催して協議した結果、出席者全員一致を以て同月十一日を期し三十分間停電を決行することを共謀決議し、その頃同分会執行部からその所属各班にその旨指令して連絡し彼告人平出富勝、同丹治易雄等組合員と共謀し、同被告人等をして同月十一日午後五時三十分頃から約三十分間に亘り同北見支店管内の各発電所変電所施設の配電盤スヰツチを開放させ、以て同支店管内在住の一般需要者に対する電気の供給を妨害し、

第五、被告人島田親、同八田嘉久、同福沢満等は共に前掲第三記載の如く組合員の一部が検察庁当局により検挙拘束されたので、これが交渉のため前記北見分会から特派されて網走市に赴き、釧路地方検察庁網走支部当局に対し被拘束者全員の即時釈放方を要求したが聽き容れられなかつたところから、その要求を貫徹せんがため、同月十日午後九時頃網走市南四藤西四丁目所在北見支店網走営業所において、網走班組合員及び折柄来援中の被告人品田秀雄外数名の組合員等合せて二十数名を参集し職場大会を開催して協議した結果、出席者全員一致を以て被拘束者全員が釈放されない限り停電を続行することを共謀し、その頃北見分会執行部からの指令を俟ち被告人八田嘉久、同品田秀雄は被告人本谷則光、同佐藤房次郞外二十数名と共に、同年十月十一日午後五時四十分頃から同六時五分までの間約二十五分間に亘り前記網走変電所において同所施設の配電盤スヰツチに繩を結びつけてこれを引張り開放し以て同変電所管内の網走市及び常呂郡常呂村在住の一般需要者に対する電気の供給を妨害し

第六、被告人八田嘉久、同品田秀雄は右北見分会の指令により前掲第五記載と同様の目的を以て、同月十二日北見分会網走班所属の組合員及び來援中電産労組釧路分会支店班所属の組合員等約二十名と共謀の上、前記網走変電所において同所施設の配電盤スヰツチに繩を結びつけてこれを引張り開放し以て同日午後五時十二分頃から五時四十二分頃までの間約三十分間に亘り、同変電所管内の網走市及び常呂郡常呂村在住の一般需要者に対する電気の供給を妨害し

第七、被告人佐藤房次郞はその後二回に亘る検察当局に対する抗議停電の結果、同僚組合員等多数が検挙拘束されたため右北見分会の指令により、前掲第五記載と同様の目的を以て同分会支店班所属組合員立上賢治外四名と共謀の上、同年十月十三日前記網走変電所において同所施設の配電盤スヰツチを前同様の方法により開放し、以て同日午後五時三十分頃から同五時三十五分頃までの間約五分間に亘り同変電所管内の網走市及び常呂郡常呂村在住の一般需要者に対する電気の供給を妨害し

第八、被告人佐藤房次郞は右北見分会の指令により前同様の目的を以て、同月十四日前同所において同所施設の配電盤スヰツチを前同様の方法により開放し、以て同日午後五時三十分頃から同五時三十五分頃までの間約五分間に亘り、同変電所管内の網走市及び常呂郡常呂村在住の一般需要所に対する電気の供給を妨害し

第九、被告人佐藤房次郞は右北見分会の指令により前同様の目的を以て、同月十五日前同所において同所施設の配電盤スヰツチを前同様の方法により開放し、以て同日午後五時三十分頃から同五時三十五頃までの間約五分間に亘り同変電所管内の網走市及び常呂郡常呂村在住の一般需要者に対する電気の給供を妨害し

たものである」と謂うのである。

按ずるに被告人等が北海道配電株式会社北見支店の従業員でいずれも公益事業である電気事業に従事しているものであること、日本発送電株式会社外八配電株式会社の各従業員が昭和二十二年五月全国単一の組合である日本電気産業労働組合(以下単に電産労組と略称する)を結成し、被告人等が同組合北海道地方本部道東支部北見分会に所属する組合員であることは、被告人等の自認するところである。

本件公訴事実によると、被告人等の本件行為は争議行為としてなされたものではあるが、労働関係調整法(以下単に労調法と略称する)第三十七条所定の所謂冷却期間経過前の行為であるから違法であると謂うにある。よつて当裁判所は審理の結果次のように判断する。

(一)  争議権は何時消滅するか。

元来、争議権なるものは憲法で保障された労働者の基本的人権であつて、労働組合法(以下単に労組法と略称する)や労調法も労働者にこの争議権が存することを前提して成り立つているのである。公益事業の労働者といえども、この争議権を有することは論を俟たないところであるが、もともと、運輸、通信、電氣、水道等の公益事業は、国民経済、ひいては、公衆の日常生活に至大の関係をもつており、その正常な業務の運営が阻害されるときは、国民経済を著しく阻害し公衆の日常生活を危殆に瀕せしめる等その及ぼす影響が甚大である。だから、公益事業における争議行為については他の一般事業におけるそれと異り、特に公共の福祉ということが考慮されなければならないのである。労調法第三十七条で公益事業における争議行為に冷却期間を設定したのは、すなわち、公共の福祉を考慮して基本的人権との調和を図つたものに他ならない。したがつて、この冷却期間を経過した後は、その限界を超えない限り争議行為は自由になしうるものといわねばならない。そして、かく法定の冷却期間の経過によつて獲得した所謂具体的争議権なるものは、労働争議の本質に鑑みて調停委員会の調停の対象となつた労働争議が解決するまで存続し、争議が全面的な解決をみたこときにおいて、はじめて消滅するものと解すのが妥当である。

(二)  三月仮協定と争議権

被告人等の所属する電産労組とその使用者である前記会社との間に惹起した最初の労働争議(以下単に第一次争議と略称する)については、昭和二十一年十二月二十二日協定成立し円満解決したか、その際取り極められた賃金のスライド制実施に関しその後更に紛争が起り、数次の団体交渉も効なく、遂に電産労組は昭和二十二年九月十九日附を以て七項目にわたる提訴事項、すなわち、一、電氣事業民主化の具体化に関する件、二、生活費を基準とする最底賃金スライドに関する件、三、団体協約に関する件、四、雑給与の統一に関する件、五、作業用品の現物給与に関する件、六、資格制度の撤廃に関する件、七、四十一才以上の年令加給に関する件を掲げて中央労働委員会に調停の申請をなし同日同委員会において受理されたことは、被告人島田親の当公廷における自供並びに押收に係る中央労働委員会速報第八号、同第二十号(昭和二十四年領第七号の証第五、六号)の各記載を綜合して明かで、ここに電産労組は前記提訴事項に関しその調停申請の日たる昭和二十二年九月十九日の翌日から起算し三十日の期間経過によつて所謂具体的争議権を獲得したものということができる(以下この争議を第二次争議と称する)。証人聴濤克己、同中山伊知郞に対する当裁判所の各訊問調書中同人等の各供述記載並びに押收に係る中央労働時報第五十六号、同第六十号(昭和二十四年領第七号の証第一、二号)の各記載を綜合すると、前記の調停申請を受理した中央労働委員会は、同年十月三日から同年十二月十八日に至るまでの間に前後二十六回に亘り調停委員会を開き、電気事業の民主化、賃金スライド制、単一労働協約等の案件について検討審議をつくし、漸く、十二月十九日第二十七回調停委員会において調停案を提示し、昭和二十三年一月十日迄の回答期限を附して受諾勧告をしたこと、もともと、電氣事業が全国的規模をもつているばかりでなく、取扱つた三大項目がいずれも当時の日本経済の根幹を揺り動かす程の重要問題であつたため、労資双方共右調停案の検討に相当の日時を要し回答日である一月十日になつても容易に進展をみせなかつたこと、その後に至り組合側は右調停案受諾の回答をなすと共に他面会社側と焦眉の問題であつた一月の暫定給与につき直接交渉を続けていたけれども、会社側はこれに応じないばかりでなく、調停案拒否の回答をなすに至つたところから組合側の態度は漸次硬化し、遂に一月三十日傘下各地鬪に対しスト準備の指令を発し、状勢は頓に険悪化するに至つたこと、当時恰かも電力危機の頂点に直面していたため、事態容易ならずとみた中央労働委員会会長末弘厳太郞においてこれが斡旋に乘り出し、事態收拾に懸命の努力を尽したが効ならずして一時これを中止し、次いで同人及び調停委員会会長中山伊知郞の両名にて第二次斡旋を試み、種々協議を尽した結果、同年三月二十五日に至り漸く一応の妥結を見、仮協定書に調印するに至つたこと、組合側も調印完了と同時に自主的に争議行為を中止し、これがため大停電突入に先き立つ僅か三十時間前に事なきを得たこと、この争議における至たる問題が賃金スライドに関する案件であつたことが認められる。

三月仮協定は以上の経緯によつて成立したのであるが、この仮協定によつて第二次争議は全面的に解決したかどうか、換言すれば、三月仮協定によつて電産労組の具体的争議権は消滅したかどうかについて考えて見るに、もともと労働委員会が繋争案件を処理してゆく過程において一応暫定的に仮の協定をなさしめて事実上争議行為を停止させ、しかも組合側のために争議権を留保させておき、来るべき時機に最後の協定を結ばしめ争議の全面的解決を図るが如く段階的に事を運んでゆくことは、案件の重大性、複雑性等からみて已むを得ない場合があるし、時には、かかる過程を履むことが争議の全面的終局的な解決を図るうえに必要であることさえある。かような協定には、本協定に至る過渡的な暫定的措置として或る要求事項のうちその一部分についてのみ一応の取り極めをしておき、その余の部分については単に解決の万途のみを指向しその要求事項全体としては全く段階的な解決手段としてなされるものもあるし、又争議の解決がながびいて本協定に至る見込がないとき、或は極めて困難なときに要求事項全体としては何等本格的な取り極めをしないで、単にその解決の方途のみを示すか、根本的な事項についてのみ取り極めておき、具体的な解決は專ら後日に期するものもある。

右のいずれの場合でも、かような協定は、後日、本協定がなされるまでの暫定的なものであつて終局的なものではない。従つて数個の要求事項のうち幾つかの事項について又は一個の要求事項のうちの一部分について争議当事者間に諒解ができて具体的な取り極めがなされたのみで、その余の事項又は部分については単に解決の方途を指向するとか、根本的事項だけにつき取り極めて、その具体的な解決を後日に讓り全体として仮協定という形態で調印されたような場合は、その協定において具体的な解決を見た事項又は部分については、たとえ後日その履行に関して紛争が起きたとしても、争議行為をするには更めて、労調法第三十七条所定の手続を履まなければならないけれども未解決のものについては、特にその具体的解決を当事者相互の直接交渉に委ねた上争議を打ち切ることの諒解がない限り、なおその限度において、依然これが争議権は存続するものというべきである。

以上の観点から三月仮協定について審究するに、押收に係る中央労働時報第六十号(前掲証第二号)登載の三月仮協定書によれば、この仮協定で取り上げられた問題は、(イ)、最低賃金のスライド制実施、(ロ)、電気事業民主化の具体化、(ハ)、単一労働協約の締結の三大項目で、いずれも日本経済のアブノーマルな状態下にあつてはその解決の困難性と産業界に及ぼす影響力の甚大さとが痛感されるものであつて、(ロ)の民主化問題については同協定書七項において「目下政府が考えている民主化委員会の開催を促進しこの委員会の構成運営等に関して経営者組合及び消費者の意見が充分反映しうる様積極的に努力する」とあつて単にこれが解決の方途のみを指向したにとどまつている。(ハ)の労働協約の問題については同協定書八項において「労働協約については調停案に対する回答に示されている双方の要望事項にとらわれることなく改めて直接交渉に移す」とあつてこの協定では何の取り極めもされていない。このように(ロ)、(ハ)については全く未解決のまま問題が残されている。(イ)の賃金問題については同協定書一、三、四、五、六項において漸く六月までの賃金について妥結を見ただけで、七月以降の賃金については同協定書二項において「七月以降賃金の改訂は調停案の示した方式に準拠して行う、但しその具体的細目については四月末日までになるべく直接交渉によつて協議決定する」とあつて、このことは当事者の交渉のみでは解決することのできない問題、すなわち、(イ)電気料金の改訂、(ロ)赤字金融、(ハ)物価水準竝びに賃金水準等の関係があつて、会社の経理能力を超えた政府の施策が考慮されなければならない事情があつたことは、当裁判所の証人大西英一、同中山伊知郞、同水谷長三郞に対する各訊問調書中の同人等の各供述記載を綜合して明かなことで、斯様な伏在せる事情のため、これが具体的解決が頗る困難な事情にあつたところから、差当り解決の方途のみを指向し、その具体的解決を後日に期し一応当事者の直接交渉にゆだねたものとみるのが相当である。しかも右の未解決なものについて当事者双方に争議打切の諒解があつたことはこれを認める証拠がない。したがつて、昭和二十二年十月獲得した電産労組の具体的争議権は三月仮協定後もなお存続するものといわなければならない。このことは当裁判所の証人中山伊知郞、同大西英一、同藤川義太郞に対する各訊問調書中同人等の各供述記載により認められるところの第一次電産争議についても、昭和二十一年十一月三十日仮協定成立し、次いで同年十二月二十二日本協定を締結して段階的に争議の解決を図つた沿革的な事実及び本件仮協定に次いで締結された昭和二十四年三月二十六日の本協定において、懸案の七月以降の賃金問題が全面的に解決され賃金に関する争議がこれによつて終局を見た事実(昭和二十四年領第七号の証第四号中央労働時報第九十五号登載の協定書参照)に徴しても明白な事というべきである。

三月仮協定成立と同時に組合側が争議行為を中止したことはすでに認定した通りであるが、かかる組合側の争議行為中止を目してこの争議はこれによつて終了したともみ得られないではないが、もともと争議行為の中止と争議の終了とは自らその性質を異にし、争議が解決したことによつて争議行為を中止する場合もあるが、争議そのものは解決しないで解決の段階的措置として或る程度の取り極めがなされ、その具体的解決を当事者双方の直接交渉に委ね、しかも争議権を将来に留保し乍ら道義的或は戦術的な考慮から本件の場合のように、一応当面の争議行為だけを自主的に中止する場合もある。この場合は未だ争議行為中止の一事を以つて争議も亦終了したということはできない。

なお三月仮協定によつて問題は一応労働委員会の手を離れ当事者双方の直接交渉に移されることとなつた以上直ちに争議行為に訴えるという権利は、これを以て消滅すると考える向もあるが、調停ないし斡旋の結果或る程度の協定が成り立ち、事件が一応労働委員会の手を離れて当事者の直接交渉に移された場合は、労働委員会の手続としては一応終了したものとみ得られるけれども、これによつて争議も亦終了したものと速断することはできない。

もつとも争議が解決したため労働委員会の手続が終了した場合は格別未だ争議の解決とみられない本件においては労働委員会の手続終了の一事を以て争議権も亦消滅したということはできない。

(三)  強制調停と争議権

昭和二十三年七月以降の賃金に関する電産争議について、同年九月十七日労働大臣から労調法第十八条第一項第五号に基いて中央労働委員会に対し調停請求がなされたことは当事裁判所の証人加藤勘十に対する訊問調書中その旨の供述記載によつて明かである。本件公訴事実はその冒頭で「……調停請求がなされたので同日から三十日を経過した後でなければ争議行為をなすことができない云々」とあつて、その意味するところは、この調停請求以前にすでに争議権が消滅しているというのか或は争議権は存続しているがこの調停請求によつて中絶するというのか、その見解が明かでないが、若し前者の意味であればその然らざることすでに説示した通りであるから、後者の点について審究するに、労調法第三十七条の規定を、ただ文字だけをみて解釈すれば、凡そ争議行為をするには、如何なる場合でも調停請求の日から三十日の期間を経過した後でなければならないかのように解し得られないでもないが、かく解すると、すでに法定の冷却期間を経て争議権を有している場合においては、追拔的に調停にかけられると、恰かも熱した刄に打水された如く全く冷却し、その間相手方に時を稼がれることとなり、かくては、当事者対等の原則とフヱアプレーを本義とする労働争議は思わざる障碍に打ち妨げられ、土俵際に追いつめられた相手方は悠々陣容を立て直して勝負を自己の有利に展開することさえ可能である。そればかりでなく、争議―調停―争議―調停と次々に冷却期間がくりかえされて争議権は事実上有名無実となつてしまう虞れがある。公益事業に関する限り争議行為は直接公衆の日常生活に及ぼす影響が大きいから、争議当事者は調停請求があれば自主的に争議行為を差控え、調停によつて事の解決を図るように協力することが望ましいことは勿論であるが、だからといつて、すでに有している具体的争議権の行使がかかる調停請求によつて制限をうけるべき謂われはない。なぜならば、すでに当初において冷却期間の経過を見送つたこと自体が公益事業における公共性を十分尊重した結果に他ならないし、ひとたびこの公共性に歩を讓つて取得した具体的争議権は既得の権利として十二分尊重されなければならないからである。このことは労調法第三十七条但書に規定された所謂追加指定権の行使に対して既存の争議権が保護されている法の精神に照らしても明かであると考える。従つて電産労組既得の争議権は、かかる調停請求によつて何等の消長をきたすものでないと解する。ただ具体的な争議行為がその限界を超えて行われ公共の福祉を紊すことあらば、権利濫用の一般法理に照しその当否が考究されなければならないのであつて、公共性を高調するの余り争議権そのものを否定することは到底容認することはできない。

(四)  新要求かどうか

本件争議行為によつて貫徹を図つた主たる要求が昭和二十二年九月十九日附を以て電産労組が中央労働委員会に提訴した事項のうち三月仮協定でなお未解決であつた七月以降の賃金改訂の点にあつたことは、当裁判所の証人中山伊知郞、同大西英一に対する各訊問調書中その旨の供述記載により認定し得るところで、押收に係る中央労働時報第八十二号(昭和二十四年領第七号の証第三号)の記載及び当裁判所の証人中山伊知郞、同大西英一、同藤川義太郞に対する各訊問調書中同人等の各供述記載を綜合すると、三月仮協定の締結と同時に自主的にスト中止をなした組合側は会社側と十二月調停案の勧告並びに三月仮協定の線に沿うて昭和二十三年三月三十日からその具体化について直接交渉の段階に入り、一月から三月までの賃金追加支払、旅費改訂等については遂次決定案を得て交渉は順調に続けられたが、四月以降の賃金構成調整金の支給等の問題で双方ともその交渉に忙殺されていたのと、四月中に改訂すべき電気料金が六月末に至り漸く改訂され、しかも改訂料金の中にはスライドすべき賃金が折り込まれていなかつたため、七月以降の賃金改訂については三月仮協定によつて、四月中に双方協議の上成案を得るよう勧告されていたのに拘らず一度も交渉がもたれず、漸く七月下旬に至り交渉の主題として登場するに至つたこと、七月以降の賃金改訂に関する組合側の要求が経理能力を楯に会社側から拒否されていたため、相互の交渉は暗礁に乘り上げたこと、かようなわけで組合側は問題を白紙にかえし同年八月二日重ねて会社側に対し七月以降の賃金スライドに関する要求書を提出したこと、その要求書によれば、(1)七月における最低賃金十七才三、六〇〇円、(2)スライド方式につき、(イ)スライドは毎月行うことを原則とする、(ロ)スライドの基礎は一九四八年七月の生活保証最低賃金とする、(ハ)ライドの基準月は一九四八年七月とする、(ニ)スライド指数は三ケ月毎(一月、四月、七月、十月)に実態を加味した東京都の理論生計費指数とする(なおその間の二ケ月は東京都のCPI竝びにその他の物価指数等の三ケ月乃至六ケ月の平均上昇指数を勘案し、決定する)、(ホ)スライドは前項指数により全国一律に行うものとする。(ヘ)ヘスライド額については精算しないこととする、(ト)地域差については六ケ月毎に再検討すること、(チ)チスライドは五%以上上昇した場合に行う、(リ)スライド額は生活調整金とする、このスライド額は六ケ月毎に基準賃金に繰り入れる、(ヌ)スライドの対象は全賃金とする。但し冬営手当のスライドについては冬営手当支給基準によるとされており、この要求も亦同様の理由によつて会社側の拒否するところとなつたこと、同年六月下旬以来前記三大要求に各地方的要求をも併せ組合各支部及び分会は漸次スト行為に入らんとしていたことが認められる。また、証人佐藤光市の当公廷における供述によれば、電産労組北見分会では中央の指示により当時北海道配電株式会社北見支店長に対し、電気事業民主化の具体化、単一労働協約の締結、七月以降の賃金スライド制実施の三大要求の他、その附随事項として、(1)作業用品の現物支給、(2)冬営手当として燃料(薪七挽半、石炭二屯)を支給すること、(3)電力復興のための資材資金の給與、(4)厚生資金増額竝びに療養所の設置、(5)旅費増額、(6)休日出勤手当の支給、(7)遅欠配手当の支給、(8)スライド制実現までの突破資金支給の八項目を掲げて要求し十数回に亘つて団体交渉をすすめてきたが、会社側はこれが要求に応じないばかりか、些の誠意も示さなかつたことが認められる。

そこで本件争議行為によつて貫徹しようとした要求が、昭和二十二年十月電産労組が獲得した争議権によつて貫徹しようとした要求と同一なりや否やについて審究するに、もともと、争議の目的となつている要求が新らしい要求か、それとも従前の要求の単なる一部追加又は訂正とみるべきかどうかを決するには、争議の当事者なり、調停委員会なりが、争議解決のための準備や、調停ないし斡旋を新規にやり直さなければならない程のものかどうかを基準にして考えるべきものと思料する。ところが前記八月二日の要求書によれば、その根幹をなすものは最低生活を保証するに足る賃金を求めるもので、その方式はスライド制、すなわち生活費の変動に応じて賃金をスライドすることにある。ただスライド算定の始期を一九四八年七月としたこと、毎月スライドすること、スライド率算定の指数を三ケ月毎に実態を加味した理論生活費指数としたこと、スライド額は六ケ月毎に基準賃金に繰り入れること、十七才最低生活給を三六〇〇円としたこと等であつて、これを押收に係る中央労働時報第五十六号(十四頁)(昭和二十四年領第七号の証第一号)に登載してある第二次争議における電産労組の賃金要求と対比すれば、僅かに十七才最低生活給を三七〇〇円に引き上げたことスライド算定の始期を一九四八年七月に変更したことの他その間に大差ないものといいうる。もつとも、かかる要求を基礎として算出される賃金の額が従前のそれと比較して、はるかに上廻ることは、計数上明かなことで要求の量的增大を招来するが、賃上げ要求を首切反対の要求に変更した場合の如く全く異質なものとはいいえない。北見分会の要求も、その主たるものは、右と同様であつて八項目に亘る附随事項も、作業用品の現物支給のことにしろ、雑給与のことにしろ、昭和二十二年九月の電産労組の提訴事項に該当するものを、地方の実状に照らして具体化したものにすぎず、その他の事項も右の要求に単に附随してなされたものと認めるのが相当である。かくの如く要求の一部の変更ないし附随的な追加要求があつたとしても質的な変化がない限り争議解決のための準備や調停ないし斡旋を全く新規にやり直さなければならない程のものとはいい難い。のみならず労働争議というものが、ひつきよう、労働関係に関する争議当事者の掛引であることに想到すれば、争議の過程において、その要求内容が多分に流動してゆくえいうことは已むを得ないことであつて、かような実状をも考え合せると本件争議の目的である要求が従前のそれの単なる変更乃至訂正とみるのが妥当であつて、なお其の間に同一性ありと認むるのが相当である。

もつとも三月仮協定によつて七月以降の賃金改訂については十二月調停案の方式に準拠して当事者相互の直接交渉により話し合うよう取り極められたのであるから仮協定によつて指向された方式に従い要求すべきであるとの見方もあろうか、すでに認定した通り会社側は直接交渉によつて解決すると約束しておき乍らその後に至つて経理能力を理由にその交渉にも祿々取り合はないばかりか些の誠意をも示さなかつたため、全く寄りつく島もなかつた組合側の立場や、三月仮協定の暫定的性質、ならびに三月以降の各般の事情の変化等に鑑みると、仮協定の方式を文字通り要求することは情義上洵に忍び難いことであるのみならず、特に三月仮協定の結果、本来一月乃至三月の賃金として決定された五、三五八円の基準賃金が事実上三月乃至六月まで延長して適用されたこと、七月以降の賃金改訂が十月末に至るまで暫定的にわずか五%の引上げに止まつていること、七月から八月にかけて丸公改訂にともなう物價騰貴が大幅に行われたこと、更に五、三五八円の水準はもはや決して高いものとは考えられない等の諸般の事実から推して組合側のかくの如き措置も決して無理からぬことといわねばならない。

(五)  争議行為の正当性

被告人等の所属する北見分会が敢行した停電ストライキの目的、方法がその限界を超えていないか、どうかについて審究するに、被告人島田親、同富樫正一、同新谷一男、同八田嘉久、同石田忠明の当公廷における各供述証人中川良一、同佐藤光市、同長尾敏成の当公廷における各証言及び当裁判所の証人藤川義太郞に対する訊問調書中同人の供述記載竝びに押收に係る電産中央常任執行委員会の戦術第一号、同第七号と題する各書面電産第三回臨時中央大会会報(昭和二十四年弁第八号の証第三、四、五号)中央鬪争指令集、アサヒサクラツバメ集(同第八号の証第一、二号)旭キンキユウサクラ十八号(昭和二十三年領第七三号の証第一号)、北見分会執行委員会議事録二冊、十月六日職場大会記録一冊、常任執行委員出席者、情報連絡取扱要綱、常任決定事項、電産北見分会停電スト決行時間表、北見分会電話連絡網、各変電所電話責任者、十二日の活動方針、便箋複写紙(指令情報等)指令情報、北海道緊急情報(昭和二十三年領第七一号の証第一乃至五号、第十、十三乃至二十号)を綜合すれば、電産労組北見分会が昭和二十三年十月九日五分間、同月十日から同月十五日までの間毎夜五分乃至三十分間に亘る停電ストライキを敢行したこと、右停電ストライキの開始、方法、遂行が民主的に行われたこと、すなわち、昭和二十三年五月上諏訪で開催された電産中央大会において討議した結果電産労組の前記の要求を貫徹するためには停電ストを含めた実力行使により鬪うこと、不当彈圧があつたときは実力を以て鬪うことそのストの時期、方法は中央執行委員会に一任することを決議し、その決議にもとづいて中央執行委員会が戦術第一号を決定し更にこれが、キリン・サクラツバメ一号、同十四号、十六号、十七号の鬪争指令となつて傘下地方本部、各分会えと流され、北見分会も同年八月十三日臨時大会を開いて中央大会におけるスト決定を確認しその実行の時期方法を分会執行委員会に一任し、次いで同年十月六日更に大会にかけて十月九日を期し五分間停電スト決行を決議し、上級機関の確認を得た上その所属各班に対し執行委員会からその旨の指令を流して実行させ、十月十日以降前後六回に亘る停電ストも右同様の方法により遂行されたこと、又十月九日の停電ストが專ら前記の経済的要求貫徹のためになされたこと、十月十日以降の停電ストが九日のストにより組合員多数検挙拘束されたところから被拘束者の即時釈放要求をも兼ねて実行されたものではあるがその主たる目的はあくまでも経済的要求の貫徹にあつて、この目的遂行の妨害を排除するための副次的なものであつたこと、しかも前記の停電ストを行うに当つては(1)占領軍の施設に対しては行わぬこと、(2)電圧のサークル等を平常に保持するため完全な措置をとること、(3)停電を行うに当つては公衆の迷惑にならぬ様予告する等前措置を講ずること等に十分意を用いてなされたこと、なお右の停電ストが争議の目的を達成するために全く己むを得ない手段としてなされたものであることを認めるに十分である。

以上認定のように、被告人等の本件争議行為は電産労組が日本産業の基幹である電気事業をその荒廃の真只から復興せんがためこの事業に従事する労働者の労働条件の改善を目指してなされた正当なものというべきで、労組法第一條第二項により何等罪とならない。従つて刑事訴訟法施行法第二条旧刑事訴訟法第三百六十二条に則り被告人等に対してはいずれも無罪の言渡をなすべきものである。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 田中登 裁判官 飯島幾太郞 裁判官 橋本盛三郞)

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